日本学術振興会

植物分子デザイン第178委員会


1.設置の背景

(1) はじめに

 モデル植物についてゲノム情報の基盤が整備され、それらの情報が学術研究の推進を加速すること、さらには新産業育成のシーズとなることが示されてきました。これらモデル植物での成功を受け、実用作物も含めた代表的な植物種を用いたゲノム解読が国際協調研究として展開されています。本委員会も第1期においては、ナス科植物、ウリ科植物などの国際協調ゲノム研究で、我が国が国際的にイニシアティブを発揮すること、さらにその成果の産業利用を促進することを支援してまいりました。その結果、例えばナス科植物において、モデルトマト品種を利用したゲノム情報整備やその利用ツール開発において世界から注目される研究基盤を構築し、我が国が当該分野の世界拠点の一つとして認知されるようになるなど、当初の目標を達成しました。その間、DNAシークエンサーの開発・普及が飛躍的に進み、当該生物のゲノム情報解読が個体レベルで可能になるほど、急速に変化してきました。それに伴って、ゲノム解読対象とされる植物の範囲は、モデル植物、続いて行われたモデル作物から、エネルギー植物、植物工場向け植物さらには微細藻類に至るまで多様な資源植物に渡っています。これら多様な資源植物のゲノム解読も世界中で実施され、大量のゲノム解読情報が日々生み出されています。これらのゲノム情報に加えて、各種オミックス情報も急速に蓄積してきています。第2期においては、資源植物に関わるゲノム情報、オミックス情報の解析・活用法に関する調査研究を産学連携で行ってきました。こうしたゲノム情報、オミックス情報の解析は日進月歩で成長を続けており、第2期では産学連携調査費により海外の研究動向調査を行うことで、研究の現状をフォローしてきました。


(2) 国内研究と産業界の現状

 現在、ゲノム情報やオミックス情報は、情報処理技術の進展により、一体的に統合されビッグデータを形成しており、このようなビッグデータを活用し、新植物産業を創生する産業界の期待も国内外で一層の高まりを見せています。国内に目を向けると、様々な研究機関に次世代シークエンサーが導入され、商業ベースのゲノム配列解読サービスも普及し、資源植物を含めた多様な生物種について迅速ゲノム解読が広く行われる状況となり、諸外国と同様に、産業利用も目指した資源植物などを含め、多様な植物のゲノム解読が我が国でも進められています。一方で、大量に生み出される資源植物に関連したゲノム解読情報、オミックス情報などビッグデータの処理法、有効な情報の抽出法とその利用法の開発など、植物分子デザイン技術における諸問題が現在は益々大きなボトルネックとなっています。更に、植物分子デザイン技術のなかで従来から中核をなしてきた遺伝子組換え技術に加え、近年、ゲノム育種技術やゲノム編集技術など新しい育種技術が脚光を浴びてきています。これらの利用がスムーズに行かなければ、ビッグデータからの情報を活かすこともできず、資源植物の学術研究利用及びその産業利用面で先進諸外国の後塵を拝する危惧があります。特許庁が実施した特許出願技術動向調査:農業技術分野(平成27年4月)によれば、我が国の植物分子デザイン技術・知財は、研究開発面では諸外国を先導する状況ではないと判断され、関連する知財戦略や研究開発体制も含め変革が必要とされています。

 国が推進するグリーンイノベーションの中で植物研究は重要な研究対象として位置づけられています。そして、多様な資源植物を活用した新産業創生とグリーンイノベーションの実現が我が国の将来、さらには地球の未来にとって重要であるとされています。資源植物を産業利用するに当たって、多くの場合、生育速度の遅さや資源利用における効率の低さなどが大きな問題となり、利用目的に沿った改良(デザイン)が必要になります。そのうえでビッグデータがもつ情報、新しい育種技術を活かすなどの革新がなければ、資源植物の新植物産業の創成や、グリーンイノベーションでの活用では困難になります。

  

以上の背景から、学会と産業界が一体となって、ビッグデータ時代に即応した資源植物の分子デザイン技術の研究に取り組む必要性が一段と高まっています。


2.研究委員会設置の目的

 大量迅速植物ゲノム解読時代が到来し、その情報を資源植物の分子デザインに活用する研究が急速に立ち上がっています。また、そこから生み出される基盤技術に対する産業界の期待も極めて大きなものがあります。これらの資源植物分子デザイン研究で我が国がイニシアティブを発揮出来なければ、先進諸外国の後塵を拝することにもなり、ひいては我が国の植物産業界の発展に対して大きな問題を引き起こす可能性があります。我が国としては、これらの資源植物分子デザイン研究を支援するシステムを可及的速やかに構築し、それらの研究で我が国の研究者・技術者がイニシアティブを発揮できる土壌を醸成する必要があります。また、我が国の研究者が資源植物分子デザイン研究で国際的にイニシアティブを発揮することは、国内の学術研究の振興と産業発展に資するものであります。

 こうした状況のもとで、植物分子デザイン研究に関する産学協力研究委員会を設け、資源植物のゲノム情報の利活用技術の研究に取り組む我が国の研究者の活動を支援し、それらの研究によって生まれるシーズと産業界のニーズのマッチングを図ることを目的に「植物分子デザイン第178委員会」の継続設立を申請します。


3.設立申請の経緯

 植物分子デザインに関する学界組織としては、日本植物細胞分子生物学会(会長 橋本 隆 奈良先端大学・教授)、日本育種学会(会長 吉村 淳 九州大学・教授)、日本植物生理学会(会長 西村 いくこ 京都大学・教授)等があり、それぞれが独自に研究成果の発表会を開催し、学界の学術発展と産業界への知識・技術の教育・普及に努めて参りました。

 第178委員会は、学界が蓄積した分子レベルで植物をデザインするノウハウ、即ち植物分子デザイン技術を産業界にシーズとして提供し、産学一体となって新たな植物産業を創生し、我が国の社会の維持・発展に寄与することを大きな目的として活動してまいりました。第1期では、植物分子デザイン技術のうち、我が国が先進諸国に対して後塵を拝していた資源植物(ナス科、ウリ科など)のゲノム情報整備と関連ツールの調査・研究の支援に取り組み、例えば、ナス科では先進諸国に比肩するレベルにまでなりました。その後、学界としてはゲノム情報を大量・迅速に解読する基盤が整い、国内外において資源植物ゲノム情報の解読が急速に進んでいます。一方、産業界ではこれらの資源植物ゲノム情報の活用が次世代産業の創生の鍵となっています。しかし、資源植物ゲノム情報の利用に関するノウハウに関して学界と産業界のギャップは大きいものがあります。我が国の社会の維持・発展にはこのギャップを埋めることが必要であり、第2期では、本委員会はそのギャップを埋めることに取り組んできましたが、現在、そのニーズはさらに高まっています。

 そこで、本委員会の第2期運営委員会による話し合いが持たれました。その結果、資源植物を対象に、世界中から大量に生み出されるゲノム解読情報を含めたビッグデータを活用する植物分子デザイン技術研究について、従来の壁を越えた、学界、産業界の研究者、技術者が組織横断的に情報交換や、共同研究の支援を行うための本委員会の継続設置が必要であるとの結論に達しました。



4.研究課題

 本研究委員会は、大量かつ急速に生み出されている資源植物のビッグデータの効果的な利用技術(以下、植物分子デザイン技術)、開発体制とその知財戦略を産学一体となって研究・開発し、それをもって植物新産業を創生し、さらには、我が国の社会の維持・発展に寄与することを目指し、資源植物を対象に下記の5つの課題に取り組みます。

  • (1)ゲノム情報を活用したゲノム育種技術に関する調査研究
    高速シークエンサーの普及によって大量のゲノム情報が解読可能になっている中、諸外国が資源植物のゲノム解読・情報処理をどのように進め、さらにはゲノム解読情報を利用したゲノム育種にどのように取り組んでいるのかについて調査・研究します。
  • (2)オミックス情報統合技術に関する調査研究、代謝改変技術に関する調査研究
    モデル植物を中心にトランスクリプトーム、プロテオーム、メタボローム、フェノームなど各種オミックス情報の収集が加速しています。一方、各種分析装置の発達により植物代謝に関わる情報の収集も加速しています。これらの情報は、一体化され、ビッグデータとして集積しています。ビッグデータの有効利用により、植物分子デザインが加速すると期待されることから、ビッグデータの資源植物分子デザインへの活用について調査・研究します。
  • (3)新しい植物分子デザイン技術に関する調査研究
    遺伝子組換え技術は、従来から植物分子デザインの基幹技術として利用されてきました。近年、ビッグデータを活用したゲノム育種技術やゲノム編集などの新しい育種技術(NBT)への期待が高まっています。資源植物の新しい分子デザイン技術の開発の現状とその課題解決法について調査・研究します。
  • (4)植物分子デザイン研究開発における知財戦略及びABSへの取り組みに関する調査研究
    新しい植物分子デザイン技術の開発において、我が国は欧米諸国に後塵を拝しており、それを挽回すべく、精力的な研究開発が始まっています。今後は、先行知財も含め、新しい植物分子デザイン技術に関する知財戦略が重要となってきます。また、生物多様性条約のうち「遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分(ABS)」に関する名古屋議定書の採択を受け、遺伝資源のやり取りが難しくなっているのが現状であります。第3期においては、知財戦略のあり方とともにABSへの取り組みに関して調査・研究を行います。
  • (5)産学共同研究体制の再構築に関する調査研究
    植物分子デザイン技術の社会実装には、多様な情報や技術の集積が必要となります。従来の産学連携は、個別研究グループ同士がモノとモノのやり取りを通じたバーチャルなコンソーシアムを形成しています。一方で欧米等では同じ敷地内に研究室を構え、人と人の関わりを重視した連携体制が構築されています。こうした産学連携がスムーズに機能している研究体制の調査・研究を行うとともに、急速なグローバル化を目指す我が国に適した新しい産学共同研究体制を調査・研究し、提案します。


 これらの調査研究活動の結果、資源植物の植物分子デザイン技術について学界と産業界のギャップが克服されるための橋渡しとなり、この分野で我が国が研究面で世界のトップグループになり、その成果を活用して、資源植物を利用した新産業が芽吹いてくることが期待される。